愛することを忘れた彼の不器用な愛し方
金木犀を出るとすっかり夜も更けていた。酔い冷ましに歩いて帰ると、だいぶ肌寒い。季節が移り変わろうとしている。

私はパーカーの前ジッパーを首元まで上げた。そういえば、日下さんにもジッパーを上げられたことがあったな。

───芽生、胸元のあいた服はよくない。誰に見られるかわからないだろう?心配かけさせないでくれ。

ママに説教された今なら分かる気がする。
その言葉は紛れもない私に向けられた言葉だったんだなって。
香苗さんじゃなくて、芽生を見てくれてた。

「はぁー」

ため息はすぐに夜空に消えていった。

心配しなくても、日下さんにしか見せる気ないよ。だって私は日下さんのことが大好きなんだから。

そうだよ、一目惚れからいつの間にかこんなにも日下さんのことを好きな気持ちが大きくなっていた。好きで好きでたまらなくなった。日下さんの言葉や態度ひとつで私の感情は一喜一憂する。

こんな気持ちになるのは初めてだ。
人を好きになるってこういうことなのかな?

明日日下さんに謝ろう。自分勝手なこと言ってごめんなさいって。私こそ、日下さんのことをちゃんと見よう。

信号が青になった。
横断歩道に足を踏み出したとき、急ブレーキの音が耳を突き抜ける。え、と思った時には、体が地面に叩きつけられていた。
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