自分勝手な恋

「寒くない?」

「あ、はい。大丈夫です」


 一瞬だけちらりと私を見て気遣いの言葉をくれた松木さんは、また前方に視線を向けた。
 二人だけで出かけるようになって半年、松木さんの車に乗るのも5回目。
 必死に松木さんのスケジュールを把握して、海外出張などで疲れていないはずの週末を選んで誘う。

 ずうずうしい子と思われているかもしれない。
 それでも松木さんは優しいから、何も言わずに付き合ってくれる。
 そう、優しすぎるくらい優しいから。

 出かける先は少し遠出して、会社の人には見つからないような場所。
 不倫でもないのに、神経質なほど松木さんはいつも気にしている。
 飲み会以来、会社内では前より少しだけ親しくなれた距離のまま。
 何よりも、松木さんは私に触れない。手さえ握らない。

 一緒にいるのは楽しくて。でも切なくて。
 この関係は何て言うの?
 大人の恋のはじめ方なんてわからない。
 好きって告白から、お互いの気持ちを確認して、付き合い始める恋しか経験ないから。
 そのくせ、この先には怖くて踏み込めない。


「疲れた?」


 帰りの車中、黙り込んでしまった私を心配する声。
 もういっそのこと、好きだって言ってしまう?


「あの……いえ、大丈夫です」

「そう? なら良かった」

 今まで積極的に攻めといて、今さら何をためらっているんだろう。
 自分がこんなに意気地なしだなんて。
 今日もこのまま別れるの? 今週末から松木さんは二カ月も上海に出張するんだよ?


「まだ、帰りたくないです」

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