自分勝手な恋
松木さんは冷たくなってしまった私の両手を温めるように、重ねた大きな手で優しく包み込んでくれた。
それから自嘲するように笑う。
「書類に不備があるとわかってて、わざと気付いていないふりをしたり、出張のたびに土産を買って帰ったり、お互いずっと面倒で放っておいた問題――正式に離婚するための手続きを始めたり、悪あがきだけはしてた。だから、食事に誘われた時はすごい嬉しかった」
あの時の松木さんは、困ってるようにしか見えなかったのに?
顔を上げた私の驚きが伝わったのか、松木さんは気まずそうに笑った。
それは恋に落ちた時と同じ笑顔。
「リフレッシュルームに一人でいた広野さんを見つけて、話しかけるチャンスとばかりに入ったものの、緊張のあまり砂糖増量のボタンを押したり、平静じゃいられなかった。そこに食事に誘われて、どれだけ嬉しかったか。本当はすぐにでもOKしたかったのに、社交辞令かもしれないと思ったし、何より離婚したばかりの俺と2人きりで出かけているところを誰かに見られでもしたら、広野さんに悪い噂が立つかもしれない。それで必死に抑えた」
「じゃあ……今までずっと、人目を気にしてたのは私のためですか?」
「そんなカッコいいもんじゃないよ。本当に広野さんのためを思うなら、最初から誘いは断るべきだろ? 俺の方が何歳も年上なんだから、大人として分別を働かせるべきだったんだ。なのにはっきりさせることもできずに、広野さんの好意に甘えてた。……な? 自分勝手だろ?」
「そんな、そんなことないです。お陰で私はチャンスをもらいました」
もし松木さんが大人の分別なんてものを働かせてたら、私には近づくこともできなくて。
今までの楽しい時間も、この幸せな時間もなかったから。
それが嬉しくて、自然と笑みがこぼれた。