光を掴んだその先に。─After story─
その謝罪はとくに求めていなかった。
もちろんそのおかげで面接では大失態を犯してしまったけど…。
でも私だって誕生日の日、本当は期待していた。
だからこれは“おあいこ”のようなものだ。
「就職決まるかもしれないのっ!いい会社が見つかってね、」
「…お前が本当にそれをしたいなら、俺は応援する」
「那岐…、」
印刷会社の事務職。
そんなの本当は何も興味なんかない。
就職だって進学だって、ぜんぜん考えてもなかった。
私は絃織といる今が幸せで……だからいつか本当に“那岐 絃”になれたらいいなって。
担任の先生にも保留だと言ってたくらいで。
「だから…待っててくれる…?千春さんに目移りしないで、私が完璧になれるまで待っててくれる…?」
「…当たり前だ。俺にはお前しかいないって言ってるだろ」
「…うん。ありがとう」
でもこの人のために、私は完璧にならなくちゃいけないのだ。
料理も少しずつ上手になってきた。
レパートリーだってちょっとだけ増えた。
千切りが上手になったねって、褒められるようになったんだよ。
だからもう少し、もう少しだよ絃織。
「じゃあ私、稽古あるからっ!」
「───絃!」
走り出した私は再びクルッと向き直った。
セミの声、生ぬるい風。
それなのにどこか爽やかで。
そんな夏の───夕暮れ時。
「なーーにーー?」と、賑やかな夏空に負けないくらいの返事をした。
「俺はお前と……結婚したい。」
ここは、よく並んで座った縁側。
一緒にアイスを食べたり寝そべったり。
幼い頃のそんな思い出が、またひとつ甦った。