内緒の赤ちゃんごとエリート御曹司に最愛を刻まれました~極上シークレットベビー~
 取引は滞りなく行われていた。
 祐奈は、銀行員の説明に真剣な表情で耳を傾けながら、書類に判子を押してゆく大雅の横顔をジッと見つめた。
 ついさっき一瞬だけ祐奈に敵意を見せたように思えた奈々美の方は、またすぐに秘書の顔に戻り、今は大雅の隣で彼のサポートをしている。
 その様子に祐奈の胸がずきんと痛む。
 そして今の今まで彼女のことを忘れていた自分の愚かさを呪った。
 大和の将来に対する不安、大雅への想い、そして十年前の出来事。大雅と再会してからの祐奈は、たくさんの思いでいっぱいだった。
 でも今になって思い返してみれば、忘れていたというよりは無意識のうちに考えないようにしていたのかもしれない。
 あの時彼女は、確かに自分と大雅は婚約間近だと言っていた。どのような経緯かは不明だが、二年経ってもまだ彼が結婚していないということは、その話はなくなったのだろう、そう思うことにして。
 再会してから今日までの大雅は、誠実に祐奈に愛を伝えてくれた。祐奈にまた信じる気持ちを、明るい未来を、取り戻してくれた。
 その彼を信じたい。
 信じたいけれど……。
「あとは、こちらで手続してまいりますので、このまま少々お待ちくださいませ」
 銀行員が一同にそう告げて部屋を出てゆく。それを見送ってから、アスター銀行の頭取だという大雅の隣のでっぷりとした男性が口を開いた。
「いやーそれにしても、うちのわがまま娘がちゃんと働いているのには驚きました。天沢副社長様々ですな。今度ぜひ、酒でも飲みながらどうやってうちのわがまま娘を手懐けるのかご指南いただきたいもんです」
 上機嫌でそう言って、はははと声をあげる頭取に大雅が薄く微笑んだ。
「いえ、私自身は特になにも。お嬢様の働きぶりに関しては、秘書室室長の山城の方が詳しいですよ」
 頭取の隣に座るアスター銀行の役員だという別の男性が、いまひとつ事態を飲み込めずにいる周りの人に向かって説明をする。
「彼女、天沢副社長の秘書の大泉さんは、うちの頭取の娘さんなんです」
 その言葉に驚いて、ほうっという声が一同から漏れた。
「あまりに世間知らずに育ってしまったもんだから、ちょっと社会勉強をさせようと思いまして、天沢副社長にお願いしたんですわ。もう何年になりますかな?」
「二年と少し経ちますね」
 頭取からの問いかけに答える大雅のその言葉に、祐奈は息を呑んだ。
 二年と少し前。
< 107 / 163 >

この作品をシェア

pagetop