内緒の赤ちゃんごとエリート御曹司に最愛を刻まれました~極上シークレットベビー~
 天沢ホテルは、"一生に一度の贅沢を"というコンセプトを謳い文句に、日本各地の有名な観光地に富裕層向けのホテルを展開する国内屈指のホテルグループである。
 最近では、少しグレードを落とした『別館天沢』を展開していて、これが大成功を収めている。
 別館天沢があるのは主に日本各地にある昔ながらの温泉地。
 その地の風景に馴染むように作られた和の空間は国内からの観光客もさることながら外国人にも大人気だ。
「……宇月(うち)は、そこまで開発が進んでいないから景色がいいし、温泉の水質もいいからね……」
 少し上の空で、祐奈は言う。
 真由香が頷いた。
「そうなんです。そこを評価されたみたいですよ。まだ本決まりじゃないんですけど、課長はなんとしても話をまとめたいみたい」
 天沢ホテルは、ホテル自体にブランド力があるから、最近では観光客が減少ぎみのこの地に新しい人の流れを呼び込むことが期待できる。
 さらにいうと、ホテルの従業員は地元から雇い入れる方式を取っているから、雇用も生まれて、若い世代をこの地に繫ぎ止めることができる。
 役場としてはなんとしても誘致したいに違いない。
 でもまったく問題がないというわけではないだろう。
 祐奈ははるか遠くに見える海に沈みゆく夕日を見つめながら、口を開いた。
「でも、旅館組合はなんていうかしら。……十年は大反対だったけど」
 実は十年前にも同じように天沢ホテルが宇月に進出してくるという話があった。あの時は、地元の旅館組合が大反対したのだ。
 真由香が無邪気に首を傾げた。
「そういえばそういう話もあったみたいですね。でも今回は大丈夫なんじゃないかなぁ。課長そんな話はしていませんでしたから。もし本当に天沢ホテルが来るなら私転職しちゃおうかなぁ。いつまでも嘱託職員ってわけにはいかないですもんね。祐奈さんもどうですか? 祐奈さんなら絶対採用されますよ」
 これまた無邪気な真由香の言葉に、祐奈は曖昧に微笑んだ。
 そして、十年前は彼女はまだ小学生だったのかと思い当たる。
 ……だったら詳しいことを知らないのは仕方がない。
 十年一昔。
 祐奈の頭の中に、そんな言葉が浮かんだ。

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