内緒の赤ちゃんごとエリート御曹司に最愛を刻まれました~極上シークレットベビー~
 祐奈は宇月温泉で当時創業四十年を誇る老舗旅館『秋月』のひとり娘だった。だから本来なら、旅館の関係者。
 だが秋月は十年前に、祐奈の父、秋月秀明が急逝したのを機に廃業した。
 母も現在はスーパーのパートで生計を立てているから、今は祐奈はどこの旅館とも関わりがない。
 小さな街の役場だから人材もそう多くない。この件について祐奈が適任だという田原の言葉は間違いではないのかもしれない。
 それでも祐奈は答えられなかった。
 なにせ、宇月ランドの売却先として天沢の名前があがっているということすらさっき知ったばかりなのだ。
 その祐奈に、田原が労るような声を出した。
「まぁ……、お父さんの件もあるから、君が複雑なのはわかる。無理にとは言わないから、少し考えてみてくれないか」
 その言葉にハッとして顔を上げると、丸い眼鏡の奥の優しい眼差しと目が合った。
 田原は、父の古い友人だ。十年前の出来事は祐奈より知っているはず。
 祐奈はキュッと唇を噛んで「わかりました」と答えた。

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