内緒の赤ちゃんごとエリート御曹司に最愛を刻まれました~極上シークレットベビー~
「ただいま」
 頬をくすぐる子供にしては少し硬い黒い髪からは、よく晴れた日の原っぱのような香り。それを胸いっぱいに吸い込んで、嬉しそうに祐奈を見上げるキラキラした瞳を見つめると、もやもやとしていた祐奈心が少しだけ落ち着いた。
 保育園から家までは今度は上り坂。
 大和を抱っこ紐に入れて、よいしょよいしょと言いながら祐奈は家路を急ぐ。抱っこ紐の中で大和がきゃっきゃと笑った。
 途中小さなスーパーに立ち寄って買い物をする。夕食は一緒に住んでいる母親が準備してくれているけれど、イチゴが大好きな大和ために買って帰ろうと思ったのだ。
 だがそのスーパーで、見切り品のイチゴを手にした祐奈の耳にある言葉が飛び込んできた。
「ありゃ、秋月さんとこの娘さんじゃないかね。東京から戻ってきてたのか」
 祐奈はイチゴを持つ手を止めた。
「知らなかったの? 半年前に赤ちゃん連れて。今は役場で働いてるそうよ」
「嫁に行っとったのか?!」
「それがそうでもないらしいのよ……」
 小さな街だから誰がどこでなにをしているかなど、筒抜けだ。
 刺激も少ないから、東京から父親のいない子を連れて実家に戻ってきた祐奈などはかっこうの噂の的なのだ。
 祐奈は唇を噛んで、イチゴをふたパックカゴに入れ、さっさと会計を済ませるとスーパーを出た。
 そしてまた家路を急ぐ。
 これくらいのことは覚悟の上で大和を生んだ。
 無責任な噂話にいちいち傷ついていては、大和を育ててはいけない。
 強くならなくちゃ。
 祐奈はそう自分自身に言い聞かせた。

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