内緒の赤ちゃんごとエリート御曹司に最愛を刻まれました~極上シークレットベビー~
 すやすやと大和が寝息を立てて始めたのを確認して、祐奈はそっと部屋を出る。音を立てないように慎重に障子を閉めると、続きになっている和室の居間で、お茶を飲んでいた母親の秋月寛子(あきづきひろこ)が振り返った。
「大和、寝た?」
 祐奈は無言で頷いて、座卓に座る母親の向かいに腰かける。そして安堵のため息をついた。
「一晩中寝てくれるようになったから、助かるわ」
 祐奈は大和が生後六カ月を過ぎた頃から保育園へ預けて案内所で働き始めた。
 その頃は夜中に何度も起きていたから、昼間は働かなくてはいけない祐奈にとってはつらかった。
 今だってまだ大変なことには変わりはないが、とりあえず一晩寝てくれるだけでもありがたい。
 祐奈は、寛子が入れてくれたお茶をひと口飲む。
 そして少し考えてから、夕方からずっと気がかりだったあの話を口にした。
「お母さん」
「なあに」
「……宇月ランドの件……知ってる? 売却先が決まりそうだって話」
 祐奈の問いかけに、母は答えない。だがそれは肯定したと同じことだった。
 寛子が勤めるスーパーは地元の人が皆行く場所だ。祐奈がいる案内所よりははるかに情報が集まりやすい。
「私今日田原課長に呼ばれて。天沢ホテル誘致のプロジェクトメンバーに入ってくれって言われたの」
「祐奈が?」
 天沢ホテルの件はすでに知っている様子だった母だが、祐奈の言葉には少し驚いたようだ。
 湯呑みを握ったまま、思案している。
 祐奈は頷いた。
「そう、東京でホテルに勤めていた時の経験を活かせってさ。……どう思う?」
 いい年をした大人が仕事のことを親に相談するなんて、おかしいと思うけれど、この問題は自分だけのことではない。
 寛子が少し考えてから、口を開いた。
「そりゃ、そうしなさいって上司の人が言うなら、そうするしかないでしょう。あなたの経験を活かせるのはいいことなんだから」
 一般的な見解はそうなのだろうと祐奈は思う。
 祐奈だって、普通ならふたつ返事で頷いたはず。
 でもそうできない事情が、祐奈にはあった。
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