【完】片手間にキスをしないで
◇
鮎世の宣戦布告から約2週間。本格的に梅雨を迎えると、夏杏耶は毎朝洗面所で唸っていた。
「うぇ……全然まとまらない……」
「お前、癖毛だからな」
「な、奈央クン……!」
鏡越し。壁にもたれながら腕を組むと、彼女は大きな瞳をさらに大きく見開いた。ヘアアイロンが、なんとも危なっかしい。
「ちょっと貸せ。あと、アイロンは切っとけよ、危ねぇから」
「え……でも、」
「四の五の言わない」
「はっ、はい」
どうしたんだろう奈央クン、と言いたげなきょとん顔。奈央は構わず、しつこい癖毛に水を吹きかけ、ドライヤーを手に取った。
手際の良さは元から。ただ、製菓に向き合うようになってからは段違いだと、自分で分かる。
「奈央クンが、直してくれるの……?」
「嫌なら自分でやれ」
「い、嫌じゃないですっ。お願いします!」
ブンブンッ、と振られる頭のてっぺん。ふたつ見える彼女の旋毛がなぜか、喉をひゅっ、と詰まらせた。