【完】片手間にキスをしないで
「……」
何度も問いかけようとして、呑み込んだ言葉。
しばらく放心状態だった夏杏耶に、責め立てるような真似は出来なかった。何より、自分と鮎世の会話を呼び起こされるのも、怖かった。
……夏杏耶のことになると、自分が甚だ愚かしい。わかっていても、彼女よりはるかに重い気持ちを──今はまだ、知られたくはなかった。
「ねぇ……どうして今日、一緒に来てくれるの?」
アパートを出た先。遠慮を知らない夏杏耶の言葉が背を突く。
……それを訊かれると正直痛い。
「別に。気が向いたから」
「そっかぁ……うひひ」
「変な笑い方すんな」
「ちがうの。間違えたの……」
本当はえへへ、って言いたかったの。と、到底理解が及ばない理由で、彼女は顔を赤らめる。
───『もう攫ってもいい?」
同時に蘇った鮎世の言葉は、なぜか胸の奥をチクリと刺した。