【完】片手間にキスをしないで
普段なら断るところ、そもそも仲が良いわけでもない……が。実際釣られてしまったわけだから、愚策とも言い難い。
「夏杏耶ちゃんが心配?」
「……別に」
「アハッ、素直じゃないねぇまったく」
うるせぇ……俺が心配してんのは、お前の手の早さだ。
懲りずに耳元であおり続ける鮎世に、奈央はピクリと眉を動かす。そして、前の後輩3人に気づかれないよう、奴の胸倉をつかみ上げた。
「夏杏耶に。軽く、手ぇ出せると思うなよ」
我ながらドスの利いた声。だが、鮎世には1ミリの効果もない。けん制にもならないと分かっていたはずなのに、止められなかった。
……攫う、なんて吹っ掛けられておいて、目離せるかよ。
奈央はギリッと唇を噛みながら、仕方なく胸倉を解放した。
電車が到着しなければ、にやけたままの面に頭突きのひとつ、食らわせていただろう。
「せっかくだから楽しもうね?奈ー央クン♡」
「……しね」
振り向きざまに小首をかしげる鮎世に、奈央は腹の底から呟いた。