【完】片手間にキスをしないで
「な、奈央ク……」
「あっ、いた。カーヤちゃーんっ、冬原パイセーン」
夏杏耶は何か言いたげだったが、人混みの中で呼ばれた声に振り返る。美々と、静と、鮎世の姿がそこにはあった。
「ご、ごめんっ、いまいくから、」
「行くのか」
「何言ってるの、奈央クンもだよ!」
染まった頬が、いつもより近い距離で膨れ上がる。
……ああ、そうか。今日はヒール履いてんのか……背伸びしやがって。
「もう~、人混みの中見つけにくいんだからぁ。イチャつくのは別のとこでねー」
「イチャっ……えへ、えへへ……」
「顔すげぇにやけてんぞ、泉沢」
「う、うるさい静っ」
この手を離れて、同級生として溶け込む夏杏耶。
軽く羽織られたアイボリーのカーデが、彼女の淡い髪色を煌びやかに引き立てる。太陽を反射して、目が眩みそうだった。
家のなかとじゃ……ほんと、全然違うんだな。