【完】片手間にキスをしないで


……なんで今、その名前を……。


奈央は流れに逆らうように立ち止まり、人混みに溶けていく夏杏耶の背を見据えた。


「また奈央のこと、探してるって」

「……今更あいつに用なんて」

「向こうにはあるんだよ。俺と同じでさ」


一歩前を行く鮎世は、眉を下げて振り返る。


瞬間、心臓が嫌な音を立てて疼いたのは〝気付かないふり〟をしていた自分の内側を、この男に見抜かれているような気がしたからだ。


数か月前から感じ始めていた違和感。だから俺は、あいつを───


「夏杏耶ちゃんが大切?」

「……言わせんな」

「じゃあ、俺ともう一度さ───組もうよ、奈央」


差しだされる手。肌の色に馴染んだ金色のリングが、妙に目を引いた。


「何が『じゃあ』だよ」

「夏杏耶ちゃんを守るため、だからだよ」


違うな……お前の求めている利はそこじゃない。きっと、夏杏耶に『本気だ』とほざいたのも、でまかせだ。


奈央は凄み返しながら、鮎世の手の皮を思い切りつねり上げた。

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