【完】片手間にキスをしないで


敵意には慣れている。……が、こういう類は初めてだ。


夏杏耶は見てくれが良い方なので、憧れを抱く輩はある程度いた。それでも、面と向かって牙を向いてくる男はいなかったように思う。


今日、この瞬間までは。


「泉沢があんたをどれだけ好きか、知ってるつもりです。だから黙ってた。押し殺してでも」


主語が足りねぇよ。


「押し殺すって、何をだ」


奈央は意地悪く問い詰めた。


「俺が泉沢を……好きだと思う気持ちを、です」

「……へぇ」

「へぇ、って……余裕ですね。割と年季入ってるんすけど」

「あいつは愛嬌あるからな。そういう奴は他にもいんだろ」

「……まじで、いけ好かないっすね」

「あ?」


ドスを効かせるつもりなどなかった。


それでもゴロゴロと喉が鳴ったのは、正面、寄せられた眉幅に、同じく「いけ好かない」と感じたからだ。

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