【完】片手間にキスをしないで
「泉沢が自分の手を放れることなんか、想像もしてないんすよね。先輩は」
「……さぁな」
「いいんですか。ずっと冷たいままで……あいつが色々耐えてんの、見ていて結構限界です」
バンッ、と窓が鳴る。強風が叩いたのだと気づいたとき、すれ違う男女の視線が妙に刺さった。
「とりあえず、目立つからここ抜けるぞ。通路の邪魔になる」
「……ですね。すみません」
つーか、何をまともに相手してんだよ。らしくない。
適当に入った学食のなかで、座るなり頬杖をついた奈央は、窓の向こう、遠目に同じフロアの『図書館』を見やる。
正午をとっくに過ぎた食堂と同様、向かい側のそれもある意味異質だった。
そういえば〝あいつら〟もこのフロアで降りてたよな……。
「コーヒー、ブラックでよかったすよね」
「ん……ありがとう」
「いえ」
じゃあ、早速続きなんですけど───遠慮なく放ちながらコーヒーを啜る静に、奈央は視線を戻す。
手首にはまだ、手錠の感覚が残っていた。