【完】片手間にキスをしないで


 ◇


数年疎遠になっていても、分かるもんだな───


放課後、奈央は図書室の指定席で頬杖をつく。曇りガラスを開けると、厚い雲が西日を遮っていた。


まるでそれは、自分の心を投影しているようで。疑いようのない鮎世の『本気』に、深く息をついた。


あいつは……夏杏耶は一体、何人たらしこむつもりだ。と、行き場のない怒りが胸を締め付ける。


「……」


同時に、これから自分がすべきことを脳裏に浮かべる。


解っている。それでも、握っているペンは思うように動かない。


バイトまでの限られたなか、自習できる時間は限られているというのに。最近は見事にこのザマだ。


「なんで俺なんだよ……夏杏耶」


呟くと、何の偶然か。


窓の向こうで遠目に見える、長い髪。梅雨だから、と最近は縛っていたが、今日は下している。


願掛けのように伸ばされたその一本一本が、相変わらず眩い。曇り空の下でさえ綺麗だ。

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