【完】片手間にキスをしないで


ぽつり、ぽつりと雨が降り出したのは、ちょうどそのとき。彼女は天を見上げながら、掌で雨を拾う。


傘……なんて、持ってるわけないよな。確か、俺の置き傘が下にあったはず。


仕方ない、と呆れ半分で立ち上がる寸前だった。


「夏杏耶ちゃん」


後ろを振り向く彼女は、複雑な表情で声の主を見据える。


その先には、鮎世が『本気』とやらを見せつけるかのように、傘を差して立っていた。


「鮎世……」

「今日は部活オフ? 相合傘してこ、送るから」

「いっ、嫌だ!走って帰るから大丈夫っ」

「ハハハ、釣れないなぁ。そういえば俺、夏杏耶ちゃん()知らないんだよねー」

「……教えない」

「ん?なんて?」

「ち、近いっ!」


いつの間にか傘に覆われ、顔を寄せられて赤らむ夏杏耶。パシッ、と鮎世の肩を叩く仕草は、心臓をひどく抉った。

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