【完】片手間にキスをしないで
放った瞬間、鮎世はプフッ、と吹き出す。
「ほんと俺には遠慮ないな。光栄です」
「意味わかんない……まぁいいや、奈央クンも知ってるなら……」
「あー、待って待って」
眉をひそめた後、鮎世を通り過ぎようとしたけれどそれは叶わない。彼が手首を握って引き留めたからだ。
「っ、急に止めないでよ」
「ごめん。つーか、前より細くなってない?……ちゃんと毎日食べてる?」
「食べてるよ。奈央クンのご飯美味しいし……まぁ、最近はお惣菜が多いけど」
「うん?」
「そ、それより、どうしたの? 早く学校行こうよ」
萎れてしまいそうになって、途端に立て直す。掴まれた手首に視線を落として蘇るのは、やっぱり学祭でのことだった。
───『奈央じゃなくて、俺が……夏杏耶ちゃんを守りたいって、いま本気で思ってる』
あれから、どこか吹っ切れたように傍を離れようとしない鮎世。
きっと、どんなに鈍くても気付いてしまう───彼から向けられる、本気度の高い好意に。