【完】片手間にキスをしないで
身体の芯を熱するような、低く掠れた声。少し湿った瞳が、なおさら脈を加速させる。
「ブレーキ……壊したのはお前だから」
「な、奈央ク、ん……っ」
まじで……歯止め効かねぇぞ、コレ───
囁くように呟かれたのを最後に、夏杏耶の意識はぷつりと途切れた。
正確に言えば、耳を甘噛みされた後からの記憶が丸ごと〝ない〟。
「おはよ……奈央クン」
「はよ」
でも、きっと夢じゃない。
静寂の夜から一転、ピチピチッ、と小鳥の声が窓の外から響く朝。夏杏耶は隣で視線を流す奈央に、胸を締め付けた。
「あの、昨日私、」
「寝たな。あのあとすぐ」
「あのあと、って……?」
訊くと、彼は長い指を耳に伸ばして、優しくそれを摩った。
「ここ、触った後」
にやり。悪戯っぽく口角を上げる横顔に、朝から顔を火照らせながら隣の腕にすり寄る。
「おはよう……奈央クン」
「さっきも聞いた」
そして、棘の抜けた表情がほんのり朝日に照らされる。夏杏耶は顔を覆いながらも、その表情を焼き付けた。