【完】片手間にキスをしないで
「行くぞほら」
「ちょ、ちょっと待って、」
ジリジリと、容赦なく肌を焦がす太陽の下。藍色のベストを羽織る恋人は、呆れたように眉をひそめる。
胴着入りのバッグをようやく肩に提げた夏杏耶は、その冷ややかな視線に頬を緩めた。
「……何にやけてんだよ」
「だって……今日は遅刻ギリギリでもないのに」
「は?」
「奈央クンと一緒に登校できるの、嬉しい」
「……へぇ」
「へぇ、って!」
「いいから行くぞ」
はぁい、と気の抜けた声で返すと、眼鏡の奥の瞳がほんのり細まる。振り向きがてら流された視線に、夏杏耶は胸を打たれた。
もう……昨日の夜から何もかも、本当にご褒美過多だよ……。
強く、強く抱きしめられて。キスの雨を降らされて。それが夢でないと知らされて───彼の愛撫は、言葉よりも本音を伝えてくれた。
こんなの、にやけずにはいられない……だけど。
「あのさ、奈央クン」
「ん」
「同居はやっぱり、解消しなきゃいけない……よね」