【完】片手間にキスをしないで


───『どこにも行かせたくない……決まってんだろ』


言いながら思い浮かべた昨晩の言葉は、再び頬を上気させる。夏杏耶は赤くなったまま、奈央の横顔を見つめた。


そして高いところから流される視線は、またもや心臓を抉った。


……だって、やっぱり柔らかい。


張っていた糸が解れたような。厚い雲を晴らしたような───今日の彼の瞳は、そんな色をしている。


「それがいいだろうな。お互いに」


だから紡がれた言葉も、今度ばかりは自分を慮ってのことだと解った。……解ったのに、物分かりは悪いらしい。


せっかく一緒に登校できてるのに、どうして沈んじゃうかな……私。


「えへ、へへ……だよね。うん、わかった。ちゃんと、準備するね」

「夏杏耶」

「うん?」


すると、頭に乗せられる大きな手。トン、トン、とゆっくり刻まれる体温に、真ん中が痛いほど締め付けられる。

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