【完】片手間にキスをしないで
「お前と一緒が嫌なわけじゃない。もう動いてもらった手前、引くのが難しいってのもある」
「う、うん……大丈夫だよ。もう落ち込んだりしないし……」
「ならいい」
頭に乗せられたまま、ふいっ、と逸らされる視線。同時に覗いた耳が染まっていて、夏杏耶は喉元をつまみながら悶えた。
まさか奈央クンを、可愛いと思う日が来るなんて……ッ。
「……おーい。拗らせカップルのお二人さーん」
背後から煽られたのは、そうして顔を火照らせていた時。振り返ると、春永鮎世が満面の笑みを携えて立っていた。
「お、おはよう、鮎世」
「……んでここに居んだよ」
「知らないの?最近は俺、けっこう一緒に登校してたんだけど……夏杏耶ちゃんと」
軽く舌打ちを落とす彼氏に、鮎世はまだ口角を上げたまま距離を詰める。
笑っている、はずなのに───パーカーのフードに作られた影がその細まった瞳に、一種の恐怖をも感じさせた。