【完】片手間にキスをしないで


そうか。……失うのが怖いなら、初めから囲ってしまえばいい。


皮肉にもそれが〝雅王〟に入るきっかけになった。両親はそれを皮切りに、悠理へ言葉を投げかけなくなった。


「悠理、無理してないか?」


それでもたった1人、兄だけは同情を寄せてきた。自分のせいで妹が落ちぶれたのだと、思っていたのだろうか。


「ボクは今が幸せなんだよ」


強がりではなかった。でもそう放つと「……何かあったら頼れよ」と、ばつが悪そうに頭を撫でた。


悪い気はしなかった。自分の世界の中で、同情は幸せに近しかった。


そう。ただ、嬉しかった。


───『広い世界に行くことだけが、幸せってわけじゃない』


同情なんかしないでくれ、と項垂れる世界だけじゃない。同情さえも愛することが出来る世界に生きて良いのだと、思えたから。


「なんで……なんで……」


心の底に根付いた言葉が奈央のモノでなければ、そう複雑ではなかったのかもしれない。

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