【完】片手間にキスをしないで
<奈央side>
夏杏耶が帰ってこない───
『さめじま』で一緒に働く先輩が放った時、顔の熱がサッと引いた。
「卵……俺があの子に頼んだ、」
裏口で割れた卵を見下ろした後、奈央はすぐさま花谷通りを駆けた。
「夏杏耶……ッ」
電話も繋がらない。痕跡もない。
気を抜いているつもりはなかった。それでも、どこか平和ボケしていた自分を心から恨んだ。
『もしもし、奈央?どうし、』
「夏杏耶が拉致られた。たぶんミャオたちに」
鮎世を頼ることに、躊躇のひとつもなかった。奴の見分は力になる。そう踏んでいたからだ。
『分かった。とりあえず落ち着いて。なんとかしてみる』
それに、買い被りではなかったらしい。一度夏杏耶と2人で攫われただけある、と不謹慎な考えが動揺の内に巡った。
「クソッ……」