【完】片手間にキスをしないで
◇
「夏杏耶」
「うん?」
「寝ないのか」
「……寝るよ。あとちょっとしたら」
午後11時55分。
駆けつけてから救出に至るまでの時間が思っていたよりも短かったことを、今になって思い知る。
疲労も限界に達しているはずなのに、夏杏耶はテレビの前から動こうとしなかった。
「傷、風呂でしみなかったか」
「うん、大丈夫。ちょっと痛かったけど」
奈央は夏杏耶の隣に肩を並べ、その頬に手を伸ばす。乾かしたばかりの柔い髪は甘いシャンプーの香りを纏っていて、不覚にも脳が揺さぶられた。
「守れなくて、ごめん」
消音に近い音で流れるニュースは、文字通り流れているだけで。かすれ気味につぶやいた声も、しっかり響く。
「来てくれてありがとう、奈央クン」
無論、こちらに視線を流す夏杏耶の声も。
「まさか、絆奈さんも来てくれるとは思わなかったけど」
「ああ……俺もだよ」