【完】片手間にキスをしないで


言いながら、寝室の扉を見やる。


スーツケースを抱え込んだ後、布団を敷いてそそくさと眠りについた母親に、呆れ交じりのため息をついた。


どうやらホテルを取り損ねたらしく、帰ってきている間はうちに居座るらしい。


マイペースにもほどがある。それに……タイミングが頗る悪い。


「奈央クンは?まだ寝なくていいの?」

「……ん。お前が寝たら寝る」

「ふふっ……ありがとう」


トサッ、と肩に落とされる小さな頭。精一杯優しく撫でると、彼女はスリスリと頬を寄せた。


「……」


これもある意味、タイミングが悪い。


母親が寝息を立てている中で、手を出そうという気にはならない。否、出すことなどできない。


奈央は気付かれないよう視線を逸らし、密かに呼吸を整えた。


「奈央クンはさ。ミャオが女の子だって、知ってたんだよね」

「……まぁ、な」

「……そっか……」


それなのに、夏杏耶は煽ることを一向に止めない。

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