【完】片手間にキスをしないで


嫉妬をしているのか、単に眠いだけなのか。定かではないが、半分湿った瞳で上目遣いをかます。


普段、風呂上がりには掛けていない伊達メガネを、奈央は黙って掛けた。


「え……どうして眼鏡?」

「自制のため」

「……?」


小首を傾げる仕草が、小動物のように愛くるしい。


ただの気休めでも、眼鏡が障害になり得ることをいっそう願った。


「……あ」

「ん?」

「奈央クンの傷……」


夏杏耶は思いついたように立膝になると、傷のついた額をあらわにする。警戒心なく近づいた視線と吐息に、奈央は喉を鳴らした。


「……」


屈んだ反動。薄手のシャツから無垢な胸元が、ぱっくりと見えていたからだ。


「やっぱり、痣だけじゃなかったんだ……あの部屋、たぶん木材とか散らばってて」

「……俺は慣れてるから平気」

「痛くない?」

「平気」


……今は全然、平気じゃねぇけど。

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