【完】片手間にキスをしないで
彼女の元へ駆けつけた時、堰が切れたようにあふれ出した涙とは、また違うもののように思えた。
「いくらでも聴けよ……声くらい」
「……うん」
「触れたいときに触れればいい」
「うん」
「好きな時に、また飯でも食いにくればいい」
「うん」
綺麗に頬を伝う涙。奈央は頬の傷に浸らないように、その涙を拭った。
「泣きたくなったら、呼べばいい」
「……っ」
夏杏耶は胸に飛び込み、懸命に鼻をすすった。
「感情が遅れてくるの、昔からだな」
「……そう、かな」
「ん」
頷き息を漏らした後、首元に手を添える。反動で持ち上がる潤んだ瞳に、本能を縛っていた枷が外れる。
「夏杏耶。……好きだよ、昔から」
これまで告えずにいたことが嘘だったかのように、自然と喉を過ぎる言葉。
彼女が朗らかに微笑むのを見て、もっと早くに伝えるべきだったと改めて気づかされた。