【完】片手間にキスをしないで
<夏杏耶side>
宮尾悠理。
翌日、鏡に映る頬の傷を見据えながら、彼女の名前を思い浮かべた。
悠理と海理───俗っぽいといえば少し語弊があるけれど、兄妹らしいその並びに、彼女も普通の女の子だったのだと知らされた。
「かさぶた……」
歪な十字を彫られたその頬は、痛みを通り越して少しかゆい。
夏杏耶は重たい瞼をこすりながら、ゆったりと洗顔を済ませた。
「おっ。おはよー、夏杏耶ちゃん」
「おはよう……絆奈さん」
そっか。今日は絆奈さんも居たんだった。
寝室から顔を出す彼女に、少し気まずさを覚えながら笑ってみる。
本当なら〝そっち〟のベッドで寝ているはずだったのに、きっと何も形跡がなくて、絆奈さんは気が付いているのかも。
やっぱり、気恥ずかしかった。
「奈央は?まだ寝てる?」
「寝てるみたいです。もう11時なのに」
「まだ伸ばす気か、あの図体」