【完】片手間にキスをしないで
「分かった」
ほ、本当に折れた。
夏杏耶は目を見開いて、ゴクリと喉を鳴らす。例えるなら、そう。ご馳走を目の前にした子どものように。
「目、開けたまますんの?」
「だ、ダメかな?!」
「別に。好きにすれば」
わぁ……まるで興味ないなぁ……。
レンズ越しの瞳に色はない。それでも、徐々に鼻先をなぞる吐息に、脈はドクドクといっそう速まった。
……目を閉じるなんてもったいない。
二の腕を控えめに掴む仕草も、降りてくる長いまつ毛も、少し隙間の空いた唇も、全部焼き付けておきたいから。
「……」
落とされる。
焦点が合わなくなったのと同時に、ようやく夏杏耶は目を閉じる。そして、服の下に忍ばせた下着をギュッと握りしめた。
「これでいいな」
「……え?」
「キス。しただろ、今」
「え……え、終わり?」
「二言はないな」
名残惜しさのひとつもなく、奈央はくるりと背を向ける。