【完】片手間にキスをしないで
「~~ッ……」
一瞬、ほんのり、触れるだけ。不満は……ない。
「好きぃ……」
夏杏耶はキュゥッと呻いた心臓を押さえるように、その場に屈みこむ。
「いいから、早く入れよ。風呂」
振り返った彼は、熱を帯びたその頭上にポンッとバスタオルを乗せた。
「入る……入ります」
「あと下着、見えてんぞ」
「へ?!」
酔いしれた反動、散らばったランジェリー。
夏杏耶は頬を染め上げながらかき集め、呆気なくテレビの前へ戻って行く奈央を恍惚と見据えた。
「心臓……保つかな」
ここでの生活、きっと前途多幸に違いない。でもどうか……自分ばかりが溺れてしまいませんように。
少しぬるくなった湯につかりながら、夏杏耶は思い伏せた。ところどころに彼の気配が見える、その浴槽で。