【完】片手間にキスをしないで
「朝稽古はこれで終わります。押忍、お疲れさまでした」
「「押忍!」」
午前8時すぎ。
柔道部も剣道部もないのに『柔剣道場』と呼ばれる一室で、夏杏耶は茶帯をシュルッと緩めた。
「お疲れ、カーヤ」
「先、更衣室いってるよー」
「はーいっ」
一昨日の夜、ようやく彼氏に認知をされた空手部。
その仲間たちに声を掛けられ、慣れた手つきで胴着を畳む。
人数のわりに手狭な女子更衣室は、時間をずらして使うのが日課になっていた。
「泉沢、ほれポカリ。忘れてんぞ」
「あ、ホントだ。ありがと、静」
後ろから差しだされたスクイズを受け取り、ゴクッと残りを飲み干す。
やっぱり、稽古終わりのポカリがいっちばん……!
心の内でそう叫ぶと、彼は隣で笑みを零した。
「お前、ほんと分かり易いのな。なんかイイことあった?」
「えっ、い、いやぁ?別に?」
彼の腰に巻かれた黒い帯に視線を落とし、結わいた髪を横に揺らした。