【完】片手間にキスをしないで
目的の図書室へたどり着いた夏杏耶は、アッシュブラウンの髪を靡かせ彼のもとへ駆け寄った。
淡い瞳を覆う黒縁眼鏡。耳元がほんのり隠れるくらいの黒い髪。口元のほくろがとくにセクシーで……本当、いつ見ても極上の彼氏だ。
「……夏杏耶。学校ではあんま話しかけんなって言ってんだろ」
ハァ、と薄い唇から漏れる吐息も艶々しい。
「ごめん……でも今日どうしても伝えたくて、早く言いた……んぐっ」
「あーもう、声でけぇ」
骨ばった手に塞がれ、思わず言葉を呑み込む。
それでも、触れられたのがあまりにも久しぶりで、内心はかなり高ぶっていた。
あー……奈央クン、いい匂い。
インクと淀んだ紙の香りを上書きするそれは、とてつもなく芳しかった。
「嗅ぐな」
至近距離で顰められる眉に心臓を貫かれるも束の間、夏杏耶はがっくり肩を落とす。
だって、香りを取り込むことすら難儀なのだ。
付き合って約半年……彼氏のガードは未だ固い。