【完】片手間にキスをしないで


いただきます、と心の内で呟くとなんだか余計に生々しくて。照れ隠しと同時に、かかとを浮かせた。


チュッ───


不安定に、不格好に重ねる。ふらついた反動で、唇の端に口づけてしまった。


そのせいか、否か。


「……甘い、」


間違いなく、調理室で携えたであろう甘みが微かに伝う。


───『早く戻って来てね。バター固まっちゃうよ?』


幼さのない百田の笑みが、脳裏に浮かぶ。


いやだ……いまは、出てこないで。


どうしても、閉じ込めたくて。夏杏耶は彼の肩をキュッ、と掴み、一度剥した唇をもう一度寄せる。


「……は、」


そして、目を丸くした彼の唇を。残像を、舌で掬ったんだ。


「……ばかか、ほんとに」

「へ、」


これで満足。そう、かかとを下ろそうとしたのに。


「俺の気も知らねぇで」


ボソッ、と吐息交じりに放たれた言葉。レンズの奥の瞳孔が、ゆるく揺れたその瞬間。

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