【完】片手間にキスをしないで
ぷはぁっ、と酸素を取り入れた後で、夏杏耶は唇に指を当てる。
夢じゃない……微かに湿った温度が、生々しくそう感じさせた。
「な、奈央ク……」
「いいから。……向こう行ってろ」
「でも───」
「夏杏耶」
うぐっ……と、怯むのは何度目だろう。蛇に睨まれた蛙の如く、夏杏耶は小刻みに頷いた。
ああ、でも……どうしよう。ずっと、熱が残ってる。
奈央クンの唇って、あんなに柔らかかったっけ……あんなに、引力あったっけ。
初めてじゃないのに、胸の呻きが収まらない。思い出すたび、心臓がキュゥッ、と狭くなる。
「うぅ……まだ火照ってる」
甘さに痺れた足取りで、向かったリビング。自前のクッションに埋めるように放った声は、奈央には届かない。
それは、逆も然り。
「……あぶね……」
炒める音に紛れて呟いた彼の声も、夏杏耶には届かなかった。