【完】片手間にキスをしないで
だって、どこをどう見れば奈央クンが私を……寵愛、だなんて。有り得ない。それに───
「私には説得できないよ」
「えぇ、なんで? 夏杏耶ちゃんはさ、強い奈央に助けられたから、好きになったんでしょ?」
「……っ、そう、だけど……。奈央クンは、もう違う方に目を向けてる」
「違う方……」
「奈央クンにはもう、傷ついてほしくない。あと……愛されてるわけ、ないもん……」
──────……
タイムアップ。
店員さんに「すみません、そろそろ」と柱時計を示された2人は、会話途中でカフェを出た。
外は湿った風が吹いていて、梅雨前線の知らせが押し寄せる。なんとなく昔から、この湿気は苦手だった。
「夏杏耶ちゃん、家どっち?」
「えっ……あ、いやっ、ひとりで帰れるから平気!」
「でも危ないでしょ。もう遅いし」
彼が差す、花谷通り。
提灯とネオンの中に紛れるカフェの暖かい光が、なんだか異様で、貴重に思えた。