【完】片手間にキスをしないで



───すごく、綺麗だ。



「……っ。と、とにかく、私は帰れるから。じゃっ、またね!」


ああ。早く帰って、奈央クンにも知らせてあげたい……『ルポ・ド・ラパン』のこと諸々。


「まぁ、待ってよ。今日のお礼」

「は、」


引き留められたのは、彼に背を向けた直後。


華奢な割にグンッ、と腕を引く力は強い。知っていたけど、やっぱり強い。でも、そんなことより───


「奈央の気持ち、知らせてあげる」

「え……」


なんで、どうして。


狭まった視界に、夏杏耶は目を見開いた。狭まった、だけじゃない。


煌めく花谷通りの真ん中で、鮎世の吐息が重なったからだ。正確に言えば〝ほぼ〟キスだった。


「な……っ?!」

「黙って。あと少し」


周りから見れば未遂以上。でも実際は、言葉が交わせる程度の至近距離。


外に出て、鮎世が再び被ったフードが、触れる寸前の唇をうまく覆い隠していた。

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