【完】片手間にキスをしないで
黙ってって、なんでよ。どういうこと……?!
近づけられたアイドルフェイスに、身体が硬直する。独特の、柑橘系の香りが濃くまとわりつく。触れる鼻先の気配も、奈央のものとは全く違う。
それなのに。鮎世といえど異性は異性。頬が上気するのも、不可抗力。
……でも嫌だ。奈央クン以外は嫌だ───そう、改めて思い伏せた瞬間だった。
「てめぇ……っ」
聞き慣れた声色。加えていつもより尖ったトーンで、それは弾けた。
グイッ───
鮎世とは違う温度に引っ張られる。そのまま後ろによろけて、夏杏耶は身体を預けた。
「奈央……クン……?」
ドクドク、と背を叩く心音。
振り向かずとも分かる。ふんわりと漂う甘い香りは、今日が月曜日であったこと思い出させるから。
「ハァッ……お前、節操ないにも程があんだよ、ざけんな」
上から響く声の主は、夏杏耶を支えているのと反対側で鮎世の胸ぐらを掴みあげる。彼のフードは反動で、パサリと背に落ちた。