赤色の雨が降る頃に
You died
「レイ!逃げろ!逃げるんだ!」
そう言われたから、俺の名前はレイってことになった。ていうか、俺が俺の中でそういうことにした。
仕方ないだろ。それ以外、誰かに名前らしい名前で呼ばれた記憶がないんだから。
おっちゃんが死んでから、俺は1人きりだ。もう10年は経つだろうか。
「よう、チビ。よく来たな」
母親に逃げられ、父親に捨てられてボロボロだった俺を、おっちゃんはいつもそう言って迎えてくれた。寂れた交差点のタバコ屋の前に行けば、いつも屋台の準備をしていた。それから、あったかい料理を恵んでくれたんだ。
「うえぇ、何これ、とってもまずいよ」
初めておっちゃんの内臓料理を食った時、そう言ったっけ。なのに、おっちゃんは怒りもしないで、口に合わなかったか、残念残念、とだけ言って、しばらくしてから死ぬほど美味い野菜炒めを作ってくれたんだ。それからだ。おっちゃんの人柄と料理の腕に憧れて、おっちゃんと暮らすようになったのは。
俺が5歳くらいになった頃、おっちゃんが突然、 「チビ、手伝いやってみるか?」
そう言った。
「火傷はしたくないよ」
俺が言うと、
「安心しろ、チビ。手伝いってのは、俺が料理を作ってる間の気まずい時間、客と話しててほしいって、それだけさ」
「怖い人来ない?」
「来ねえよ。おっちゃんの顔見りゃ分かるだろ?おっちゃんと喧嘩して勝ったやつなんかいないんだからな」
「分かったよ。おっちゃんが言うなら信じるよ」
「よし良い子だ」
おっちゃんは、俺の頭を荒々しく撫でた。
それからというもの、僕はお客が来るたびに、待ってる間にお話ししよう、と声をかけ、おっちゃんの手伝いを全うしたのだった。全く、楽しい仕事だったよ。今こんなバイトがあるなら、喜んで面接受けに行くのに。
おっちゃんには、奥さんも、子供もいなかった。古びたアパートに住んでいて、ベッドと、テーブルと、ラジオだけが置かれていた。今じゃ、なんて無神経なこと聞いちまったんだって思うけど、ある日、俺おっちゃんにきいたんだ。
「おっちゃんは、寂しくないの?」
そうしたら、おっちゃんは眉を下げて笑った。いかつい顔してたのに、その時だけは、これまでになく優しそうに見えた。
「寂しかったよ、お前がいなかった時はな。おっちゃんなんか生きてても意味ないんじゃないかって、何度も思った。だけどな、お前が来てくれるようになって、お前が身の上を話してくれて、ようやく気づいたんだ。おっちゃんはお前を育てるために生きてたんだってな」
おっちゃんはその時、初めて涙を流した。
「おっちゃん、泣かないで」
あの時、確か俺は、おっちゃんのこと、後ろから力いっぱい抱きしめたんだよ。
「大丈夫だよ、チビ。おっちゃんは悲しいんじゃない。嬉しいんだよ。お前と出会えてよかった。ありがとな、チビ」
だけど、そのおっちゃんも、もういない。なんでおっちゃんが死ななきゃいけなかったんだ。俺が、おっちゃんが決めてくれた俺の誕生日を迎えた一週間後のことだった。
「おっちゃん、僕、みんなみたいに、誕生日を祝ってもらいたい」
ある日俺は言った。誕生日という日が欲しかった。そうすると、おっちゃんは少し考え込んで言った。
「チビ、お前、おっちゃんの弟に似てる。若い頃、病気になって死んじまったんだ。お前、きっとそいつの生まれ変わりだ。だから、お前の誕生日、弟の誕生日にしてもいいか」
俺はうん、と返事をした。それで、俺の誕生日は6月18日になった。
どさくさに紛れて、名前も欲しいと言ったけれど、お前が飼い犬みたいに思えてくるから嫌だと言われた。チビって呼ばれるほうがもっと犬みたいだってのによ。
そして、待ち侘びた6月18日がやってきた。
「誕生日おめでとう、チビ」
おっちゃんはそう言って、俺を抱きしめてくれた。おっちゃんは少し悲しそうな顔をしながら、
「ごめんな、チビ。金がなくてプレゼントを用意してやれなくて…」
とつぶやいた。
「いいんだよ、おっちゃん。おっちゃんがぎゅーってしてくれるだけで、僕十分嬉しいよ」
その気持ちはほんとだった。俺は最初からプレゼントなんか望んでいなかった。ただ俺は、おっちゃんとずっと平和に過ごせれば良いと、そうとだけ思っていた。
「チビ、チビイイイイッッッ!」
おっちゃんはそう叫びながら涙を流していた。
それから、売れ残ったぶんの料理を温め直して出してくれた。
「美味しい!おっちゃんありがとう!」
豚の内臓も、もうすっかり克服していた。あの味は今でも覚えている。塩胡椒のシンプルな味だったけど、あれ以上に美味いものは食べたことがない。
「良かった。おっちゃん幸せだよ。そうやって喜んでくれる小さいのがいてくれて」
それから何気なく一週間が過ぎようとしていた。そう、何気なく。ただ普通に。
その日も、おっちゃんはいつも通り、屋台の準備をしていた。俺はその時、危ないからと、少しだけ離れて遊ぶように言われていた。俺は、道路の端に溜まった砂で遊ぶことにした。
車が通らないからといって、安心しきっていた俺が悪いんだ。危険なのは車だけじゃないって、分かってればよかった。
「なあ、そこの小さいの、兄さんのとこに来ないか?あんな貧乏なおっさんよりいいものたくさん持ってるぜ」
蛇のような目つきをした男が、俺を見下ろしてそう言った。フードを被り、半ズボンから突き出た脚はタトゥーに覆われていた。
「嫌だ。僕おっちゃんじゃなきゃ」
ああ、なんで歯向かっちまったんだろう。このときすぐにおっちゃんのところに逃げてれば…。
「チビのくせに生意気だなおい」
「お前こそ何だよ。人が楽しく遊んでるとこ邪魔してきたくせに」
馬鹿だったんだな、俺。負けは明らかだったのに。
「うるせーな。一生喋れなくしてやろうか」
男は、ポケットからナイフを取り出した。男は相当イラついたのか、もともと殺すつもりだったのか、迷いなくナイフを振り下ろした。
「やめろ!」
気がつくと、おっちゃんが僕の前に立ちはだかっていた。だけど、肩のところにナイフが突き刺さって、ひどく血が出ていた。
「レイ!逃げろ!逃げるんだ!」
…そうだ。あれはおっちゃんの声だったんだ。おっちゃんが、必死に俺を助けようとして…。
「早く!急げ!」
俺は、おっちゃんのいう通り、細い、通り慣れた路地に逃げ込んだ。おっちゃんの無事を祈りながら。
何時間経っただろう。俺は、おっちゃんのアパートのドアの前で泣きじゃくっていた。
「おっちゃん!帰ってきてよ!」
何度叫んでも、もうあの声は聞こえない。それから数日後、知らないおじさんが、眠っていた俺を起こして言った。
「レーズリーさんは亡くなったんだ。君、彼の知り合いだろう?わたしはこのアパートの大家だ」
「…え、今なんて?レーズリーさんって、誰?」
「ブランドン・レーズリーさん。君のお父さんがわりだった人だよ。残念だけど、助からなかった」
無機質な顔だった。俺にとって、どれだけおっちゃんが大きな存在だったかなど、知る由もない顔だ。
「おっちゃん…どうして…」
涙も出なかった。おっちゃんが、かっこよくやっつけてくれたんだって、そう信じたかった。
そして、その時初めて、おっちゃんの名前を知った。
その後、俺は大家さんから、おっちゃんの部屋の片付けを頼まれた。軽いものの整理だけだったが。
ベッドには、引き出しが2つ付いていた。何かないかと、俺は引き出しを開けた。
「おっちゃん、レイって誰?」
答えてなんかくれないのは分かっていたけれど、ボソリと呟いた。
すると、その問いに答えるかのように、引き出しから、「レイへ」と書かれた手紙が出てきた。
開けてはいけない気がした。だけど、これであの一言の謎が解けると思い、封を開けてしまった。
「レイヘ。
18歳の誕生日おめでとう。あんなガキから、ずいぶん大人になったね。レイって誰だって思っただろ?ずっとチビって呼ぶのは気が引けるから、おっちゃん、お前に名前をあげることにしたんだ。もうお前も大人だし、成人のプレゼントだよ。レイってのは、おっちゃんの弟の名前なんだ。おっちゃんには、もうお前のことが弟にしか見えない。ひどいかもしれないけど、受け入れてくれると嬉しい。おっちゃんにとって、お前は弟のように大切な存在なんだ。お前がもし受け入れてくれなくても、おっちゃんの中では、お前はずっと、レイのままだ。今までありがとう。そして、これからもおっちゃんをよろしくな。
おっちゃんより」
確か俺は、声をあげて泣いた。おっちゃんのバカ!ちゃんと生きて渡せよ!大人にもなってねーのに、読んじゃったじゃねーかよ!何でおっちゃんばっかありがとうって言うんだよ!俺には言わせてくれないのかよ!…ってな。
手紙は涙でぐしょぐしょになった。文字も滲んだ。
それから、俺はまともに生きようと必死に頑張った。だけど、戸籍のない俺に、限界は割とすぐにやってきた。13にもなれば、薬を売り、盗みを働き、…悪の限りを尽くしたのかもしれない。人殺しだけはできなかったけど。なんか、おっちゃんに悪い気がしたからな。
これからあと何年生きていけるだろうか。まあいい。おっちゃんのぶんまで生きるのが俺の勤めだから、限界まで頑張ろう。
…久々に思い返すと、涙が出そうになる。それに、やっと思い出せた。俺が何でレイなのか。嫌だからって、記憶をほったらかしてちゃいけないな。もう会えないのか。そうだよな。タバコ、盗んでこよう。吸わないとやってられるかよ。
俺は、乾いた通りに出た。タバコ屋の灯りはとっくに消えている。針金を鍵がわりにすればすぐに扉は開く…ん?
信号変わったのに、何であの車進まねーの?死んでるのか?俺は、変な車に駆け寄った。
そう言われたから、俺の名前はレイってことになった。ていうか、俺が俺の中でそういうことにした。
仕方ないだろ。それ以外、誰かに名前らしい名前で呼ばれた記憶がないんだから。
おっちゃんが死んでから、俺は1人きりだ。もう10年は経つだろうか。
「よう、チビ。よく来たな」
母親に逃げられ、父親に捨てられてボロボロだった俺を、おっちゃんはいつもそう言って迎えてくれた。寂れた交差点のタバコ屋の前に行けば、いつも屋台の準備をしていた。それから、あったかい料理を恵んでくれたんだ。
「うえぇ、何これ、とってもまずいよ」
初めておっちゃんの内臓料理を食った時、そう言ったっけ。なのに、おっちゃんは怒りもしないで、口に合わなかったか、残念残念、とだけ言って、しばらくしてから死ぬほど美味い野菜炒めを作ってくれたんだ。それからだ。おっちゃんの人柄と料理の腕に憧れて、おっちゃんと暮らすようになったのは。
俺が5歳くらいになった頃、おっちゃんが突然、 「チビ、手伝いやってみるか?」
そう言った。
「火傷はしたくないよ」
俺が言うと、
「安心しろ、チビ。手伝いってのは、俺が料理を作ってる間の気まずい時間、客と話しててほしいって、それだけさ」
「怖い人来ない?」
「来ねえよ。おっちゃんの顔見りゃ分かるだろ?おっちゃんと喧嘩して勝ったやつなんかいないんだからな」
「分かったよ。おっちゃんが言うなら信じるよ」
「よし良い子だ」
おっちゃんは、俺の頭を荒々しく撫でた。
それからというもの、僕はお客が来るたびに、待ってる間にお話ししよう、と声をかけ、おっちゃんの手伝いを全うしたのだった。全く、楽しい仕事だったよ。今こんなバイトがあるなら、喜んで面接受けに行くのに。
おっちゃんには、奥さんも、子供もいなかった。古びたアパートに住んでいて、ベッドと、テーブルと、ラジオだけが置かれていた。今じゃ、なんて無神経なこと聞いちまったんだって思うけど、ある日、俺おっちゃんにきいたんだ。
「おっちゃんは、寂しくないの?」
そうしたら、おっちゃんは眉を下げて笑った。いかつい顔してたのに、その時だけは、これまでになく優しそうに見えた。
「寂しかったよ、お前がいなかった時はな。おっちゃんなんか生きてても意味ないんじゃないかって、何度も思った。だけどな、お前が来てくれるようになって、お前が身の上を話してくれて、ようやく気づいたんだ。おっちゃんはお前を育てるために生きてたんだってな」
おっちゃんはその時、初めて涙を流した。
「おっちゃん、泣かないで」
あの時、確か俺は、おっちゃんのこと、後ろから力いっぱい抱きしめたんだよ。
「大丈夫だよ、チビ。おっちゃんは悲しいんじゃない。嬉しいんだよ。お前と出会えてよかった。ありがとな、チビ」
だけど、そのおっちゃんも、もういない。なんでおっちゃんが死ななきゃいけなかったんだ。俺が、おっちゃんが決めてくれた俺の誕生日を迎えた一週間後のことだった。
「おっちゃん、僕、みんなみたいに、誕生日を祝ってもらいたい」
ある日俺は言った。誕生日という日が欲しかった。そうすると、おっちゃんは少し考え込んで言った。
「チビ、お前、おっちゃんの弟に似てる。若い頃、病気になって死んじまったんだ。お前、きっとそいつの生まれ変わりだ。だから、お前の誕生日、弟の誕生日にしてもいいか」
俺はうん、と返事をした。それで、俺の誕生日は6月18日になった。
どさくさに紛れて、名前も欲しいと言ったけれど、お前が飼い犬みたいに思えてくるから嫌だと言われた。チビって呼ばれるほうがもっと犬みたいだってのによ。
そして、待ち侘びた6月18日がやってきた。
「誕生日おめでとう、チビ」
おっちゃんはそう言って、俺を抱きしめてくれた。おっちゃんは少し悲しそうな顔をしながら、
「ごめんな、チビ。金がなくてプレゼントを用意してやれなくて…」
とつぶやいた。
「いいんだよ、おっちゃん。おっちゃんがぎゅーってしてくれるだけで、僕十分嬉しいよ」
その気持ちはほんとだった。俺は最初からプレゼントなんか望んでいなかった。ただ俺は、おっちゃんとずっと平和に過ごせれば良いと、そうとだけ思っていた。
「チビ、チビイイイイッッッ!」
おっちゃんはそう叫びながら涙を流していた。
それから、売れ残ったぶんの料理を温め直して出してくれた。
「美味しい!おっちゃんありがとう!」
豚の内臓も、もうすっかり克服していた。あの味は今でも覚えている。塩胡椒のシンプルな味だったけど、あれ以上に美味いものは食べたことがない。
「良かった。おっちゃん幸せだよ。そうやって喜んでくれる小さいのがいてくれて」
それから何気なく一週間が過ぎようとしていた。そう、何気なく。ただ普通に。
その日も、おっちゃんはいつも通り、屋台の準備をしていた。俺はその時、危ないからと、少しだけ離れて遊ぶように言われていた。俺は、道路の端に溜まった砂で遊ぶことにした。
車が通らないからといって、安心しきっていた俺が悪いんだ。危険なのは車だけじゃないって、分かってればよかった。
「なあ、そこの小さいの、兄さんのとこに来ないか?あんな貧乏なおっさんよりいいものたくさん持ってるぜ」
蛇のような目つきをした男が、俺を見下ろしてそう言った。フードを被り、半ズボンから突き出た脚はタトゥーに覆われていた。
「嫌だ。僕おっちゃんじゃなきゃ」
ああ、なんで歯向かっちまったんだろう。このときすぐにおっちゃんのところに逃げてれば…。
「チビのくせに生意気だなおい」
「お前こそ何だよ。人が楽しく遊んでるとこ邪魔してきたくせに」
馬鹿だったんだな、俺。負けは明らかだったのに。
「うるせーな。一生喋れなくしてやろうか」
男は、ポケットからナイフを取り出した。男は相当イラついたのか、もともと殺すつもりだったのか、迷いなくナイフを振り下ろした。
「やめろ!」
気がつくと、おっちゃんが僕の前に立ちはだかっていた。だけど、肩のところにナイフが突き刺さって、ひどく血が出ていた。
「レイ!逃げろ!逃げるんだ!」
…そうだ。あれはおっちゃんの声だったんだ。おっちゃんが、必死に俺を助けようとして…。
「早く!急げ!」
俺は、おっちゃんのいう通り、細い、通り慣れた路地に逃げ込んだ。おっちゃんの無事を祈りながら。
何時間経っただろう。俺は、おっちゃんのアパートのドアの前で泣きじゃくっていた。
「おっちゃん!帰ってきてよ!」
何度叫んでも、もうあの声は聞こえない。それから数日後、知らないおじさんが、眠っていた俺を起こして言った。
「レーズリーさんは亡くなったんだ。君、彼の知り合いだろう?わたしはこのアパートの大家だ」
「…え、今なんて?レーズリーさんって、誰?」
「ブランドン・レーズリーさん。君のお父さんがわりだった人だよ。残念だけど、助からなかった」
無機質な顔だった。俺にとって、どれだけおっちゃんが大きな存在だったかなど、知る由もない顔だ。
「おっちゃん…どうして…」
涙も出なかった。おっちゃんが、かっこよくやっつけてくれたんだって、そう信じたかった。
そして、その時初めて、おっちゃんの名前を知った。
その後、俺は大家さんから、おっちゃんの部屋の片付けを頼まれた。軽いものの整理だけだったが。
ベッドには、引き出しが2つ付いていた。何かないかと、俺は引き出しを開けた。
「おっちゃん、レイって誰?」
答えてなんかくれないのは分かっていたけれど、ボソリと呟いた。
すると、その問いに答えるかのように、引き出しから、「レイへ」と書かれた手紙が出てきた。
開けてはいけない気がした。だけど、これであの一言の謎が解けると思い、封を開けてしまった。
「レイヘ。
18歳の誕生日おめでとう。あんなガキから、ずいぶん大人になったね。レイって誰だって思っただろ?ずっとチビって呼ぶのは気が引けるから、おっちゃん、お前に名前をあげることにしたんだ。もうお前も大人だし、成人のプレゼントだよ。レイってのは、おっちゃんの弟の名前なんだ。おっちゃんには、もうお前のことが弟にしか見えない。ひどいかもしれないけど、受け入れてくれると嬉しい。おっちゃんにとって、お前は弟のように大切な存在なんだ。お前がもし受け入れてくれなくても、おっちゃんの中では、お前はずっと、レイのままだ。今までありがとう。そして、これからもおっちゃんをよろしくな。
おっちゃんより」
確か俺は、声をあげて泣いた。おっちゃんのバカ!ちゃんと生きて渡せよ!大人にもなってねーのに、読んじゃったじゃねーかよ!何でおっちゃんばっかありがとうって言うんだよ!俺には言わせてくれないのかよ!…ってな。
手紙は涙でぐしょぐしょになった。文字も滲んだ。
それから、俺はまともに生きようと必死に頑張った。だけど、戸籍のない俺に、限界は割とすぐにやってきた。13にもなれば、薬を売り、盗みを働き、…悪の限りを尽くしたのかもしれない。人殺しだけはできなかったけど。なんか、おっちゃんに悪い気がしたからな。
これからあと何年生きていけるだろうか。まあいい。おっちゃんのぶんまで生きるのが俺の勤めだから、限界まで頑張ろう。
…久々に思い返すと、涙が出そうになる。それに、やっと思い出せた。俺が何でレイなのか。嫌だからって、記憶をほったらかしてちゃいけないな。もう会えないのか。そうだよな。タバコ、盗んでこよう。吸わないとやってられるかよ。
俺は、乾いた通りに出た。タバコ屋の灯りはとっくに消えている。針金を鍵がわりにすればすぐに扉は開く…ん?
信号変わったのに、何であの車進まねーの?死んでるのか?俺は、変な車に駆け寄った。