赤色の雨が降る頃に
 「なあ、何でお前ってそんなに血の気ないの?」
 しばらく車を走らせていると、レイが言った。
 「人間じゃないからだ」
 「ちげーよ、どういう仕組みで青白くなるんだって訊いてるんだよ」
 「僕だって分からないよ。生まれた時からこうだった」
 「じゃあさ、人の血、美味いと思ったことある?」
 「覚えてない。物心ついた時から動物の血ばかりだからな」
 「それじゃ、お前、男と女どっちが好き?どっちか分からないような見た目してるしさ」
 「分からない。どちらとも付き合ったことがあるが、本当の愛というものには辿り着けなかった」
 「はあ」
 レイがため息をついた。
 「何だろ、俺ばっかお前に近づいてない?最初の食いつきはお前だったけど、俺、お前のこと何にも知らねえもん」
 「身の上を話せって?長くなるぞ。なにせ200年生きてるんだからな」
 「うえっ。気が遠くなるな。断るよ。じゃあさ、1つだけきくことにする。はいかいいえで答えられる。お前は、俺を俺らしくいさせてくれるか?」
 僕は、何も言えなくなって、ただ黙々と車を走らせた。
 僕にはそんな力なんてない。誰かを、誰からしくさせてあげることなんかできない。自分の正体を隠すことばかり考えて、他人に優しくできたことなんかない。
 「欧米の神みたいに全能で、アジアの仏みたいに、淀みない心を持ってるやつなんて、この世にはいないってことくらい分かってる。俺はただ、おっちゃんみたいに、俺っていう人間を受け入れて、自然体でいさせてくれればそれでいいんだよ」
 レイは、僕が考えていることを感じ取ったかのようにそう言った。
 「答えられないなら、俺が言ってやるよ。答えは、"はい"だ。俺がおっちゃんの前で自分を偽ったことなんて無かった。まだ出会って数時間だけど、お前の前でも俺は自分を偽らなかった。偽りの自分を演じれば、アラなんて数分で出る。これだけで、十分な証拠じゃないのか?お前が、俺を俺らしくいさせてくれる奴だっていうことの」
 僕は、信号が赤に変わったのを見て、車を停めた。そして、大きく息を吸い込んだ。
 「…でも、レイ、僕なんかでいいのか?いつ捕まって殺されるかも分からないし、いつ衝動が抑えられなくなって、君の首に噛みつくかもわからない。怖くないのか?」
 「怖いわけねーじゃん」
 間髪入れずにレイが言った。
 「だってお前、おっちゃんと同じ匂いがする」
 「…どういうことだ?」
 僕はよく分からずに、ジャケットの襟に鼻を寄せて匂いを嗅いだ。
 「ドラキュラさんには分からねーよ。俺、シェイプシフターだから、お前とは違うんだ」
 「シェイプシフター…?」
 「俺さ、犬になれるんだ。おっちゃんが死んでから、訳分かんねえ薬ばっかりやってた時期があって、そのうちのどれかにやられたらしいんだよな」
 彼は飄々と言った。
 「いつでもって訳じゃないよ。緊急事態だって悟った時だ。路地でギャングにやられそうになった時に、犬になって逃げ延びたこともあるし。まあ、その時初めて自分の能力に気づいたんだけどな」
 そう言うと、彼は自分のつんと尖った小さな鼻を触りながら、
 「そういう訳で、俺分かるんだよね。ほんとうにいい奴と悪い奴の違い」
 と言った。
 「俺がこの能力を手に入れてから行ったおっちゃんの部屋と同じ匂いなんだよ、お前って」
 「え?」
 「だから分かる。お前は、いざという時、仲間を守れる奴なんだって。心の底から、善意に満ちた奴なんだって」
 そこまで言うと、レイは、窓のところに頬杖をついて、横目で僕の方を見た。
 「ドラキュラさん、また青見逃してるぜ」
 「こ、今度のは君のせいだ!答えが分かってるんなら、わざわざ質問なんかするな!運転に集中させてくれよ!」
 「はいはい、俺が悪かったね」
 僕はまた、アクセルを踏んで、乾いた道路を滑っていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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