最低狩り
「ただいまー」
「え!?パパ!?早くない?」
甲高くて頭にキーンと嫌な音が響く。
うるせぇな。
「おかえり、くらいねえのかよ」
台所に立つ、エプロン姿の娘。
振り返ったその顔は驚きに満ちていた。
「うわっ、マジで帰ってきてる」
俺の顔を見た途端、顔をしかめ、フライパンに向き直った。
だが、それが愛情の裏返しだということを、俺は知っている。
憎まれ口を叩き続けても、なんだかんだ世話を焼いてくれるのだ。
「何だよ、その言い方」
「別に」
だから、そっけない返事ももう慣れっ子だ。
この勢いで、言いにくかったことをいとも簡単に放った。
「出勤停止食らった」
「へえ」
良かった。
そこまで気に留めていないようだ。
「って……」
「そんな重大なことさらっと言ってんじゃないわよっ!!!」
アイスピックで鼓膜を躊躇なく刺された、かと思った。
「何回注意されたの!?いい加減やめなって、言ったよね!?」
「俺は悪くない」
「お前が悪かったから、出勤停止なんだよ!取り敢えずあたし、バイト増やすから!パパも何かしてよ!ったく」
文句を言いつつ、フライパンを振っている。
「こんなんじゃ、彼氏になんか会わせられないわ」
そのフライパンで直ぐ様殴られてもおかしくなかったが、助かった。
真奈の言うとおり、俺も何か仕事を探さないと。
「……ってお前、彼氏なんていたのか!?」
「悪い?早く仕事探しなさいよ」
……知らなかった。
仕事仕事、と思考を巡らせていると、ふと思い出した。
「……最低狩り」
「は?何か言った?」
真奈がうざったそうに尋ねる。
「いや、今日冷泉っていう生徒がそういう職業があるって言っててな……知ってるか?」
「知らないわよ。どうせどっかの都市伝説でしょ」
「ふーん」
名前をそのまま解釈すると……最低を、狩る、のか。
意味が図り知れず、楽そうだったが、諦める。
息苦しいネクタイを緩め、帰路の途中で買った求人誌をめくった。
点けっぱなしで誰にも見られていないテレビには、女性拉致事件が大きく取り上げられていた。
「被害者は30代女性、買い物中、薬を嗅がされ、拉致されました。その際女性は暴力を受け、数日後、亡くなりました。警察は、自殺と見て――」