母の味
仕事が終わり帰宅する。
「ただいまー」
無意識に口からこぼれる言葉は誰もいない部屋に吸い込まれていく。
「さてと。」
久しぶりの自炊だ。スーパーのレジ袋をキッチンに運ぶ。今日のメニューはピカタ。
パックから豚肉を取り出し、塩、コショウ、小麦粉で下ごしらえをする。卵を割る。そういえばお母さんは片手で卵を割るのがうまかったな。卵をよく混ぜ、豚肉をくぐらせる。そして卵が垂れないように素早くフライパンに投入。卵の水分が油と混ざりぱちぱちと騒ぐ。「簡単でしょ?だからママが仕事で帰るのが遅い日は、これからもピカタね。」とお母さんが言っていたのを思い出す。学生時代はバイトに部活、勉強で家にいる時間はほとんどなかった私が、お母さんから教えてもらった数少ない料理。中でも特にお気に入りなのがこのピカタなのだ。
気づけば卵が少し焦げていた。お母さんがみたら「あーあ」と苦笑するだろうな。
サトウのごはんと永谷園のインスタント味噌汁、スーパーの30円引きサラダ、そして私のピカタ。バランスは悪くない。
テレビをつけて部屋を賑やかす。
「いただきます。」
野菜から食べる方が痩せるらしいが、匂いに誘われ、箸はピカタを掴む。うん、美味しい。お母さんのと同じ味だ。
ピカタがお気に入りな理由。簡単なこと。でもそれ以上に、簡単だからこそ、いつでも、間違いなく、お母さんの味にたどり着ける。だからピカタがお気に入りなのだ。
ちゃんと作れたよ。お母さん。
ピカタと線香の匂いが混ざる部屋で、写真の中のお母さんと目が合った気がした。
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