花姫コネクト
 ガタンと机が動く音がして、視界が真っ暗になった。
 目の前は甘い香りが充満して、頭に乗っかる手のひらが優しく髪を撫でる。

「甘えたい時に、甘えたらいいんじゃね。大人になったって、泣きたいとけば泣けばいいし」

 目頭が熱くなって、顔を埋めた白いシャツにシミが浮かび上がる。

 姫先輩って、すごく優しい匂いだ。全てを包み込んでくれるような、不思議な空気。

 ずびっと鼻をすすって、(ゆだ)ねていた体をそっと離す。


「誰かを好きになったら、何か変わるかなって思ってたんです。特別なものができて、誰かの特別になれたら……自分のことも好きになれるかなって」

 高嶺くんに告白されて、ドキドキして、恋ってこんな感じなのかなって漠然(ばくぜん)と考えた。

 付き合ったら、好きになれるかもしれないなんてーー。


「悠晴と付き合ったら、お前の言う特別な存在ってのになれんのか?」

 ザッと振りかざされた刃は、私をまとう黒い煙を追い払う。

「それは、わかんないけど……。もしかしたら」
「じゃあ、別に悠晴じゃなくてもいいわけだ」

 さらに胸を打たれたみたいにズキンと痛む。

 高嶺くんがいいわけじゃない。
 違う、私は彼を好きになれたら幸せになれるかもって思った。それなのに、何も言い返せない。

 きっと、誰でも良かったんだ。告白してくれて、私を見てくれる人なら。
 たとえ姫先輩だったとしても、もし付き合ったら……となっていたと思う。

「ごめん……、最低なやつで、ごめんね」

 濡れるまぶたを拭いながら、高嶺くんを想像する。
 思い浮かぶのは優しく笑う顔だけど、付き合う返事をした時の表情はどこか晴れない。

 話している私自身が、(くも)る色を隠せていないから。

「アイツのことも、自分のこともしっかり考えろ。俺の大事な後輩たち、傷付けるようなこと絶対すんじゃねーぞ」

 こつんと額に当てられたこぶしはパッと開いて、ふわっと体を突き放す。そっぽを向いた耳が赤くなっていた。

 何事にも無気力で関心がないのだと思っていたけど、違ったみたい。
 不器用なだけで、姫先輩はよく人のことを見ている。


「……はい。ちゃんと考えます」

 あまりに胸へ染みたから、気付くのが遅くなった。

 どうして知っていたんだろう。高嶺くんに告白されたこと。傷付けない返事を探していたこと。

「それにしても、ひでえシャツ。鼻水だらけ」
「涙です、それ!」
「付いたらどっちも同じだ」


 先輩との時間は、水を飲んでいる時間に似ている。
 無味透明だけど落ち着いて、当たり前になり過ぎていて、なくなると困るもの。

 真剣にどん引いた顔をされても、すみませんと笑っていられる。

 この関係がずっと続くのだと、疑うことすらしなかった。
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