花姫コネクト
 やっぱり、思われていた。
 長い廊下を歩きながら、ずり落ちるカバンの取っ手を肩へ戻して。
 瞬きをしたらこぼれそうな水たまりを、必死にこらえる。

 何かされたわけじゃない。聞こえなかったふりをしていたら、いつも通りに戻れる。これしきで泣くもんか。


「おーい、いい加減気付け。サボりマン」

 正門玄関を出て、しばらくしたところで声がした。ようやく、姫先輩がついて来ていることを知る。

「王子が部活休むとか、珍しいな」
「今日は早く帰りたい気分なんで」

 一粒こぼれた涙を、見られないように指で拭う。
 誰にも会いたくない時にひょっこり現れて、ある意味ベストタイミングだよ。


「そういう姫先輩こそ、またサボりですか? そろそろ怒られますよ?」

 定期的に休むから、その度に乙谷部長が眼鏡を光らせている。理由を言わないから、余計に。

「アイツは真面目すぎんだよ。記事作る時期はちゃんと顔出してっだろ」
「でも、もう引退ですよね。三年生って」

 言いながら、ふと考える。そっか、もう姫先輩や乙谷部長と一緒に活動出来ないんだ。
 当たり前の日常は、当たり前じゃなくなる。

 ぽつぽつと冷たい水が降ってきて、頬を伝っていく。
 朝のニュースで、午後から天気が崩れると言っていたのをすっかり忘れていた。

 折りたたみ傘、入れておいたら良かった。
 バサッと開かれた黒い傘。濡れた肩を覆うように、隣から斜めに伸びてくる。


「えっ、私はいいですよ! これくらいの雨、へっちゃら……」
「あのなぁ、となりの女子が雨ざらしになってる俺の身にもなれ」
「は、はい」

 ……女子。まさかの単語にびっくりした。
 姫先輩って、私のことを一応女子だと認識していたんだ。
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