のぼりを担いだ最強聖女はイケメン辺境伯に溺愛されています
「なんででもいいだろう。いいから受け取れ」
「嫌です。ソフィさんのお下がりがたくさんあるからいりません」
「なんだと」
「髪飾りは、もう十分なのです」

 では、ごきげんようと微笑んで、アニエスはすたすたと兵舎のほうへ行ってしまった。

(髪飾りでは、ダメか……)

 真珠のネックレスやエメラルドのブローチ、クジャクの羽でできた扇などを贈ろうとしてみたが、アニエスはまったく興味を示さなかった。
 何か欲しいものはないのかと聞けば、今は特にないと言う。

 こんな女は初めてだ。

 花束だけは気に入ったらしく、やっと受け取ってもらえた。
 けれど、何日も続くと、まだ前の花があるからいらないと言われてしまった。

 そうこうするうちに、冷ややかだった部下たちの目が、ベルナールへの深い憐憫と同情を込めたものに変わっていった。

「閣下、嬢ちゃんが好きなものを贈ったほうがいいです」

 兵の一人がそっと耳打ちしてくる。

「アニエスが好きなもの……」

 肉くらいしか思いつかない。
 ベルナールは、試しに肉を皿にのせてアニエスを待ち伏せしてみた。

「アニエス、肉だぞ」

 アニエスは近寄ってきたが、ソースをまとった上品なフィレ肉を見ると、にこりと笑って通り過ぎていった。
 柱の陰に折り重なって隠れていた兵士たちが「惜しい」と囁く。

「閣下、嬢ちゃんの餌付けをするなら、ロースのかたまり肉がオススメです」
「骨付きのリブロースあたりもいいと思います」

 いつの間にか、兵士たちはベルナールの味方になっていた。

「閣下がそんなに女性に一生懸命になるのは、初めてですからね」
「応援しますよ」

 だが、アニエスの好きなかたまり肉は兵舎の食堂に行けば、いつでも好きなだけ食べられる。
 ベルナールは諦めて苦笑を漏らした。

「俺はもう、嫌われたままでも構わん」
「閣下……」
「アニエスは実に楽しそうだ。それでいいじゃないか」

 傷ついたままでないなら、少しは救われる。

 しかし、黙ってアニエスを観察していたベルナールは、ある異変に気付いた。

 テントの下のアニエスは、いつものようににこにこ笑っていた。
 笑っているが、あの漲るようなパワーがまったく感じられない。

 城門を出てテントに向かった。

「アニエス、おまえ、少し無理しすぎじゃないか」
「はあ……。バレましたか……。さすがに、少々、疲れてきました……」
「ドミニク」

 近くにいたドミニクを呼んで、ベルナールは指示を出した。

「医者と看護師を補佐に付けろ。ある程度の治療をしてからアニエスに回すんだ。最初から何もかもアニエス一人で治していたら、さすがの彼女も身が持たない」


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