のぼりを担いだ最強聖女はイケメン辺境伯に溺愛されています
「手の空いている者がいません」
「そんなわけないだろ」

 ベルナールは周囲の兵士を見回した。
 兵士たちが急に忙しそうに演習に精を出し始める。武器の手入れを始める者もいた。

「ご覧の通り、誰もいません」

 にっと笑みを浮かべて、アンリは首を振る。
 はあ? と困惑するベルナールを無視して続けた。

「それより閣下、国境が安定しているうちに、領地の視察をなさったほうがいいのでは?」
「視察?」

 確かに最近あまり回っていないか、と顎に手を当て首を傾げるベルナール。
 すかさずアンリがポンと手を叩く。

「あっ、ついでにアニエス様を閣下の馬にお乗せになったらいかがでしょう。一石二鳥では?」
「俺の馬に?」
「あいにく今回は同行できる者がいませんが……」

 すまなそうに言うアンリに、「それは構わないが……」と困惑したままベルナールは言う。

「では、そういうことにいたしましょう」
「そういうことにって、アンリ、おまえ……」
「何か、不都合でも?」
「いや。不都合というわけではないが……」

 領内の視察は、何か問題が起きていないか、困ったことはないか、ざっと確認するための簡素なもので、ものものしくする必要は全くないらしかった。ベルナールが一人で出かけていくことも、珍しくないという。

 けれど……。

 アンリとベルナールのやり取りを聞いていたアニエスはにこりと笑って言った。

「大丈夫です。私、歩いていきますから」
「え……」

 突如、兵士たちがどっと集まってきて「それはダメだ」と口々に言い始めた。
 それから一斉にベルナールに視線を向け、圧をかける。

 ベルナールがやや遠慮がちに口を開いた。

「……アニエス。俺の馬でよければ、乗っていくか」
「えっと……、ご迷惑でなければ……」
「迷惑ではない……。全然」

 ベルナールの黒い瞳がまっすぐアニエスを見ていた。
 アニエスはにこりと笑って頷いた。

「はい。では、お願いします」
 
 こうしてアニエスは、ベルナールの視察に同行する形で、週に二日ほど領内の町や村に施術に出ることになったのだった。
 
 
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