のぼりを担いだ最強聖女はイケメン辺境伯に溺愛されています
 アニエスが顔を上げ、ぐいっと頬を擦る。
 すぐにまた、涙がぽろぽろ流れ落ちて、赤い頬がびしょ濡れになった。
 ぶさ可愛いな、だの、萌える、だのと口の中で呟きながら、ベルナールがアニエスの手を握る。

「聖女は強くなきゃいけないんだろ。泣くな」
「ばい……」
「心を落ち着けて、おまえの力で、俺の傷を治してくれ。さっきはやせ我慢して、なんでもねえとか言ったが、実は痛くて敵わん。死にそうだ」

 アニエスの目から、またぶわわっと涙が溢れた。

「がっが……! じだだいで、ぐだざい……!」
「嘘だよ。死なねえよ。だから、早く治せ」
「ばいー……っ」

 二人のやり取りを見ていた医者と看護師と兵士たちは思った。

(閣下……、嬉しそうだ……) 

 アニエスが突然すっくと立ち上がった。
 ぐいっと目を擦ってきっぱりと言う。

「どこかに、滝はありませんか」
「滝?」
「心を、落ち着けてきます」

 デボラとメロディが目をぱちくりさせる。

(滝行……!)

「た、滝は、ないかな……?」

 ベルナールがくくっと笑い、「(いて)え……」と言って顔をしかめた。

「閣下……!」
「アニエス、ちょっと来い」

 アニエスを手招き、近づくと「もっと」と言って、小さい頭の後ろに手のひらを置く。
 そのまま自分の上に引き寄せて、唇を重ねた。

 アニエス、しばし固まる。

 固まる……。

「どうだ。少しは落ち着いたか」

 こくりと頷いて、すぐにブンブン首を振った。
 だったら、もう一度と言って、ベルナールがアニエスを引き寄せた。

「ちょっと……」
「なんですか、これ……」

 くうう、と拳を握ったデボラとメロディが、あたりを萌え転がりながら診療所から出ていった。

「俺たちも、お邪魔かな……?」
「そのようですな……」

 医者と兵士も外に出る。

 心配そうに建物を囲む人垣に向かい、医者が「もう大丈夫だぞー」と叫んで、大きく手を振った。
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