身代わり政略結婚~次期頭取は激しい独占欲を滲ませる~
「ううん。彼は悪い人じゃないよ。私が彼のこと好きすぎて、重い女になってるってだけ。誰かを好きになると、なかなか自分の感情をコントロールってできないものなのね。初めて知った」

 彼女は少し困ったような笑顔だったけど、幸せそうにも見えた。

「嫉妬したり傷ついたり、でも一緒にいてすごく満たされる。昔の私なら、お見合いだってお父さんの言いなりになって泣いてたかもしれない」
「そうだね。すごい変化……」
「まあ、正面切って戦うほどの強さまでは持てなくて、結局逃げちゃったんだけど」
「……うん。でも、わかるなあ」

 理性では止められないほど誰かを好きになると、これまで知りえなかった新しい感情が芽生えるって、私も最近実感した。

 二十六年歩んできて、それなりに人を好きになったりはしたけれど、衝動的に相手を求めてしまうくらいの恋情を抱いたのは初めて。

 これまでの経験と比べてどこが違うかわからないけれど、もとより恋に理由なんかないのかもしれない。

 友恵ちゃんがこっちをじっと見て、目が合った瞬間ニコッと微笑む。

「もしかして、鷹藤さんのこと好きになった?」
「え!? な、な、なんっ……」
「鷹藤さんは梓ちゃんがすごく好きみたいだから」
「はっ……?」

 彼女の発言にしどろもどろになる。

 実際に何度も本人の口から伝えられてはいても、第三者から改めて告げられるとまた別の羞恥心が込み上げてくる。

 さらに、昨夜の濃密な情事がぶわっと脳裏に蘇って、たちまち身体が火照りだす。

 友恵ちゃんは、すっかり氷の解けたジュースのストローをくるくる回す。グラスを持ち上げてストローに口を付ける直前に言った。

「梓ちゃんが好きって熱弁されたの。こっちが照れちゃうくらいね。あんなに想ってるなら、梓ちゃんの気持ちも動かされちゃうかもなあって思ってたから」

 いったい成さんは、どんなふうに友恵ちゃんに伝えたの?

 想像もつかない。だけど、もしこれまで私に言っていたのと同じように話していたとしたら……恥ずかしすぎる。

 私は赤面する顔を下げて、しばらく静止していた。
 友恵ちゃんがグラスを戻した後に、ぽつりと答える。

「自分でもまだ信じられないの……まさかこんなに早く好きになるなんて」

 まだお互い知らない部分もたくさんあるのに。

 お見合いの前からわずかでも好意を抱いていたならまだしも、私の場合、絶対に断るって心に決めてお見合いに臨んだ。

 むしろマイナスからのスタートだったはずなのに……。いつの間にか、すごい速さで彼が私の心に入り込んできた。

 さらには、成さんのことを考えるだけで徐々に心拍数が上がるくらいになってる。

 気持ちを落ち着かせるためにジュースを口に含んだ時、友恵ちゃんが頬杖をついて遠目になってぽつりと零す。

「私もね。彼とは出会ってすぐ気になって……」
「え、そうなの? 聞かせてよー」

 それから、私たちは会えなかった時間を一気に埋めるように、話に花を咲かせた。
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