身代わり政略結婚~次期頭取は激しい独占欲を滲ませる~
「なぜ梓さんが謝るんですか?」
「え……。なぜって」

 指摘されれば確かに私も被害者だ。

 謝られることはあっても、謝る義理はないのかもしれない。
 だが、やはり時雨家側の人間として、きちっと謝罪すべきだと感じたから。

「従姉妹の都合が悪くなった時点でこちらから丁重に説明をして初めから破談にしておけば、こんなお見合いの真似事なんてせずに済んだじゃないですか。成さんもご多忙でしょうし」

 事情を知っているなら、こんなお見合い絶対破談にしたいよね。

 それにしても、彼の立場だったら怒ってもいいくらいなのに。私にまで丁寧に接してくれて……すごくいい人。

 ほんと、大人って……特に立場のある人って、体裁とかいろいろ気にしすぎ。
 それで周りも振り回されるんだし、どうにかならないのかなあ?

 父や伯父へ憤りを感じていたら、くすっと笑い声がした。
 私は目を丸くして、彼を見る。

「いえ。私は破談前提でここへ来ていません」
「はい……?」

 訝しく思って、つい険しい顔でつぶやいた。

「もし、そちらからお話をいただいて私が初めから婚約の意志を持っていなかったなら、今回の縁談は事前にお詫びしてお断りしています」
「えっ」

 彼の言うことはもっともだ。
 こちらは友恵ちゃんの事情があり立場的に断れなかったが、彼はお見合いをするもしないも選択できる。

 だったら……今日この場に出向いた理由って――。

 必死に別の理由を考える。しかし、目の前の彼の真っ直ぐな双眸に捕まって、思考も身体の神経も自由を奪われる。

 成さんは男性にもかかわらず、とても色っぽい微笑を浮かべ、私の左手を掬い上げた。

 彼の長い睫毛がおもむろに伏せられる時間が、コマ送りになったみたいに私の瞳に映し出される。

 刹那、彼の唇が私の手の甲に触れていた。

 いったいなにが起きているの?

 硬直状態の私に、成さんはにこっと口角を上げてはっきりと告げる。

「私はぜひ、前向きに梓さんとの縁談を進めたいと思っています」

 私は彼の発言に卒倒し、そのあとのことは正直あまり覚えていない。
< 11 / 170 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop